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【解説】「ひぐらしのなく頃に」の物語は古手梨花によるリセマラのお話【なぜ生き返るのか】

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ループ

輪を意味する英単語であり、そこから転じてループもの=一定の期間内を繰り返し過ごすというジャンルです。

今回取り上げる「ひぐらしのなく頃に」という作品は、主要人物の死を以てして過去の時間軸から記憶を保持したままリスタートするという世界構造をしています。

しかし、単純に過去の時間に戻っているというわけではありません。

今回は、「ひぐらしのなく頃に」シリーズで描かれる繰り返しについて解説します。

概要

ひぐらしの世界の基本構造は、特定の主要キャラクターが死亡することを起点に世界のやり直しが発生します。

主に古手梨花が「やり直し」の中心であり、彼女の主観および我々読者視聴者の視点では時間が巻き戻ります。やり直し前の記憶を完全な形で保持できるのは古手梨花と羽入のみであり、他の登場人物の多くはやり直し前の記憶を保持していません。

ひぐらしの本編においては、どうあがいても昭和58年の夏に訪れる自らの死の運命を回避するために、古手梨花と羽入が世界のやり直しを繰り返しているという前提が存在しています。

なぜ「やり直せる」のか

作中世界には人間ではない「ほぼ神」といえる一族が存在しています。のちに「オヤシロさま」として信仰される存在です。

彼らは遠い過去に地球に訪れた知生体で、自らの生存に適した鬼ヶ淵沼(現在の雛見沢)で生活するために現地の村人と平和的に共存を図っていました。中には人間と愛し合い、子をもうける者もいました。しかしやがて人類との共存に失敗し対立を招いしてしまい、大半が地球を去りました。その一族でとある理由から唯一地球に残った「羽入」という個体が持つ超常的な能力がやり直し能力の根源です。

羽入は過去の人類との争いの中で傷を負い、単独では能力の多くが使用できなくなります。しかし、自らの直系の子孫かつ神の血を色濃く発現している「梨花の望みを叶える」という条件が重なることで、限定的に「時間の遡り能力」を行使できるようになりました。

古手梨花はとある陰謀の渦中に巻き込まれており、非常に高い確率で昭和58年の夏に殺害されます。

彼女たちはその運命を覆すために、羽入の力を使って世界のやり直しを行っているのです。

「ループもの」なのか

広義でいえば「ひぐらしのなく頃に」のジャンルはループものになります。

しかし、狭義的には若干異なるのではないかと考えています。

古手梨花は世界のやり直しを望み過去に遡っていますが、厳密には時間の巻き戻しではありません。彼女たちがやり直している各種世界は、毎回小さな差異のある歴史をたどっています。セーブ地点からリスタートしているわけではないのです。

これは羽入の持つ能力に起因しています。実は彼女の能力は時間を遡ることではなく、別の世界の同一体(梨花)に精神を転移させる能力なのです。つまり、鬼隠し編で死亡した古手梨花は、綿流し編の世界で生きていた古手梨花の精神に上書きする形で転生しているのです。

鬼隠し編と綿流し編はそれぞれ独立した世界であり、よく似ているだけで別の世界戦での出来事だということです。つまり梨花と羽入は自分たちの願いが叶う世界を探してリセマラをしているというのが正しい認識になります。

梨花と羽入が別の世界での新しい人生を始めた後も、残された世界は普通に時を刻み続け、梨花以外の人々はその人生を歩み続けます。梨花の死後も世界は存続します。

つまり梨花と羽入は時間を「遡って」はいますが、「巻き戻してはいない」のです。

「やり直し」が終わらない理由

羽入は前述の通り、かつての争いで大半の能力を失っています。基本的にはただそこに存在しているだけの不可視の存在であり、物体や人に干渉したり、人間から存在を認知されることもありません。いうなれば透明人間ですね。

そんな彼女を唯一知覚でき、相互のコミュニケーションをとれるのが古手梨花だったというわけです。

羽入は梨花が生まれるまでの数百年にわたって完全に孤独であり、他者とのつながりを渇望していました。そんな状況でようやく表れた梨花を羽入は手放したくありませんでした。

梨花が死ねば羽入は再び完全な孤独に置かれます。不老不死の彼女にできることは、人々が充実した生活を送っているのを傍らで眺め続けながら、第二の古手梨花になりうる子孫が生まれることを待つのみです。

結果、幾度となく繰り返される死の運命を振り払うこともできず、さらに遡れる時間が段々と短くなってきた梨花が絶望し、やり直しを辞めたいと言い出した時にはひどく狼狽していました。梨花の「死の直前に戻って殺されるだけの時間を繰り返すなんて御免だ」という真っ当な意見に対しても賛同しきれない煮え切らない態度を崩しませんでした。

結果、梨花の死の運命を防ぎたいという気持ちはありつつも、自らの話し相手になってくれる梨花を失いたくないという気持ちのほうが強く、傍観者として積極的な介入はしてこなかったのです。

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