多くの物語には様々な状況に陥った主人公が登場します。
彼らは時に立ち向かい、時に挫折しながら物語を紡いでいきます。
本記事で紹介する「縮みゆく人間」の主人公、スコット・ケアリーもまた、特殊な状況下に置かれています。
「体が縮み続ける」という病に侵されたのです。
身体的な機能を一切損なうことなく、
ただひたすらに体が小さくなり続ける彼の苦悩と恐怖を描いた物語の紹介をします。
概要
アメリカのホラー作家「リチャード・マシスン」氏により1956年に発表された小説です。
リチャード・マシスンと言えば、「地球最後の男」が有名ですね。
15年ほど前に「アイ・アム・レジェンド」として映画化されています。
毎日一定に身体が小さくなり続けるという奇病に侵された主人公が、生き残りのために奔走する作品であり、特殊な状況と言えば「体が小さくなる」ことだけという作品です。
他の超常的な現象は一切なく、縮み続ける主人公の苦悩と葛藤をメインに描かれます。
ストーリー(ネタバレ)
主人公のスコットは、旅行先でボートに揺られて寛いでいました。
すると、海の向こうから謎の霧が迫ってきます。
濡れないように船室に逃げ込む直前に霧に覆われてしまいました。
それがすべての始まりとなります。
その日以降、彼は1/7インチ(約3.6㎜)ずつ身体が縮みだすようになりました。
一週間で1インチ(2.54㎝)です。
身長が縮むだけではなく、体全体がバランスよく縮み、その他の身体的な異常はありませんでした。
やがて自分が縮んでいることに気付いたスコットは妻に相談し、病院を受診することになります。
しかし精密検査の結果も原因らしい原因は見つからず、やがてメディアにも取り上げられるようになりました。
自分の身体を弄繰り回す医者や、見世物のように報じるメディア、何をしても毎日縮み続ける不安から、妻子との仲も不和になっていきます。
妻からはまるで小さな子供に対する接し方をされ男としてのプライドを傷つけられ、一人娘には身長を抜かされてからは親としての威厳も失ってしまいます。
縮み続けることでだんだんと日常生活を過ごすことも困難になっていき、やがて人形用のドールハウスで寝起きをするようになるまで小さくなってしまいました。
彼は妻子を始めとした世の中の事すべてに反感を覚え、彼の安全を守るために家に引きこもる生活を「監禁」だと捉えるようになります。
ある冬の日、彼は不運な事故から、家の外に締め出されてしまいました。
既に小人サイズの彼の声は家族に届かず、さらに厄介なことに鳥に襲われてしまいます。
鳥から逃げているうちに、自宅の地下室に転がり込んでしまいました。
鳥からは逃げられましたが、身体の小さくなった彼は地下室から出ることができなくなったのです。
もちろん家族は彼を探し回りますが、小さな声が届くことはありませんでした。
その日から彼は地下室で生き残りをかけた生活に突入してしまいます。
パイプの漏水から飲み水を手に入れ、彼が健康だった時に置き忘れたクラッカーやパンくずを食べ、命を繋ぎます。
しかし、地下室には彼のほかに危険な住人がいました。
蜘蛛です。
数センチもないような取るに足らない小さな蜘蛛ですが、毎日一定の割合で小さくなり続ける彼にとっては極めて危険な存在でした。
彼は蜘蛛を避けながら食べ物を探し、身を隠して眠りにつく生活をすることになります。
そんな毎日でも彼は縮み続けます。
昨日まで届いていた水場には届かなくなり、移動可能な範囲はどんどん狭まります。
布切れで身体を覆うこともできなくなり、スポンジをちぎって纏うようになります。
彼は自身の置かれた状況を呪い、やがて来るであろう消滅(身長0以下)の日におびえます。
自殺を考えもしますが、手近なパンくずは食べきってしまったことから大遠征を実行します。
彼が数か月前に冷蔵庫の上に置き忘れたクラッカーを求めたのです。
死を考えつつも、生き残ることをやめられない彼は、長旅と蜘蛛との戦いを経て、クラッカーまでたどり着きました。
現在の彼の身長は1/7インチ。
明日消滅する身でありながら、腹を満たした彼は外に出ることを望むようになります。
例え消滅して死を迎えることになっても外に出たかったのです。
ちょうどそのころ、彼の妻がスコットの兄と共に地下室へ降りてきました。
どうやら、行方不明になった数週間のうちにスコットが死んでしまったのだと判断し、引っ越しをすることにしたようです。
このタイミングを逃せば、この家にはスコットだけになり、一人っきりで地下室から出ることもできずに死んでいくことが確定します。
彼は決死の覚悟で妻や兄の脚に取り付いて地下室から出ることを試みます。
しかし、それも失敗してしまい、階段の中腹で取り落とされてしまいます。
そして地上への扉は固く閉ざされてしまうのです。
失意の彼が地下室を見渡すと、引っ越しの準備のために家具が動かされ、庭に通じる小窓まで道が出来上がっていました。
彼が鳥に終われ逃げ込んだ窓で、閉じられることなく開きっぱなしになっていました。
何とか外に出られた彼は疲れ果て、落ち葉を布団にして横になります。
明日消滅することになったとしても、自分はできることを精一杯にやった。
もはや希望も絶望もなく、だからこそ苦しみも恐怖もない。
全力を尽くしたことによる満足感に包まれながら、彼は最後の眠りにつきます。
翌朝、予想に反して彼が目覚めました。
落ち葉で寝ていたはずなのに、周囲は奇妙な穴だらけになっており、その穴から日の光が差し込んでいます。
彼は昨夜自分が身にまとっていたスポンジの中にいるのだと気づきました。
身長が0になったら消滅するのだと彼は思いこんでいましたが、それはあくまで人間が知覚しうる尺度の話でしかなく、0㎜の先の世界という別の次元があるのだと考えに至ります。
全ての次元はつながっており、よって完全に一人きりになるのではないと。
彼はスポンジのかけらから這い出て外界を眺めます。
食べ物、飲み物、着る物、住居を見つけなければならない。
そして生活をしなければならない。
この先に生活なんてあるのだろうか、あるかもしれないと自問自答をし、彼は新たな世界を求めて歩き出していきました。
解説
・縮みゆく病
実は作中でスコットが受診した際に原因らしきものが判明しています。
彼の代謝機能は異常を来しており、窒素の値がマイナスに振れていることが分かります。
人体の主要構成物質である窒素が放出されているため身体が縮んでしまうとのことです。
そのきっかけとなったのが、作中冒頭に浴びた放射能を帯びた霧と、作中以前に街中で浴びてしまった大量の殺虫剤の複合効果です。
殺虫剤の成分を猛毒化させる濃度の放射線をたまたま浴びた結果起きたと想定されています。
その毒素が人体を構成する成分を徐々に変質させて老廃物として対外に排出させているとのことでした。
また、ホルモン剤の投与による症状の抑え込みも、この毒素が抗ホルモン反応を起こし無効化してしまいます。
感想
本作の最大の魅力は、縮み続けるという奇病に侵されたスコットの苦悩です。
彼はだんだんと人間としての生活が困難になり、時間の大部分を三大欲求を満たすために使うようになります。
特に作中中盤は性欲についての記載が多くなります。
回想の中で、妻との耐格差によるコンプレックスを覚え、そっち方面の誘いに乗ることができなくなります。
他にも、ベビーシッターとして雇われた(あまり美しくない)16歳の女の子に劣情を覚えたり、見世物小屋で出会った小人症の女性と妻公認で一夜限りの関係を結んだりします。
彼は、縮むということ以外は健康そのものであり、だからこそ理不尽に対する怒りを常に抱きながら生活をしています。
地下室に迷い込んでからは、もっぱら食べ物と寝床、クモから逃れられる安全地帯を常に求め、生存に必要な行動以外をとる余裕がなくなります。
彼の心情の描写はまさに迫真といえるものであり、誰のせいでもないからこそ、誰も彼もに怒りをぶつけるしかない彼の苦しみは相当なものだと感じさせます。
だからこそ結末には一抹の不完全燃焼感を覚えざるを得ないといったところです。
これまで、縮んでいく男の苦悩を、まるで自分がそうなったかのようなリアリティをもって描いていたのです。
それが、この世界は別の次元がどうだとか、人間の認識がすべてではないといった気付きをもって、スコットは新たな生活のために歩き出すというのは、いささか飛躍した描写のように思えます。
いままで、さんざんに悩み苦しみ、その結果希望という足枷から解放されて恐怖を克服したというのに、結局新たな希望を持たせてしまっています。
また、彼を死んだと考え離れていってしまった妻子に対する感情も特に覚えていないようです。
確かに、彼は最期の日に人生を達観し満足して死を受け入れていました。
だからと言って、さらに小さな世界があるという現実をこうも前向きにとらえられるのかな、という感想を持ちました。
そもそも、彼が最後の日だと思っていたときの身長が1/7インチちょうどだとは思えません。
所詮は目測であり、厳密には異なっているはずです。
仮にミクロのレベルで1/7インチより大きな身長だった場合、彼はラストの翌日には完全に消えてしまう可能性のほうが高いのです。
正直なところ、ラストの結末以外は非常に真に迫る物語であり、「小さくなり続ける」という現象だけでこれだけの物語が生まれるのは圧巻です。
本作はスコットの主観で進む物語のため、明確な回答は描写されません。
だからこそ、ラストを含めて様々な考察ができるのも大きな魅力だと思います。
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