今年も春が来て、多くの男女が自衛隊の門をくぐります。
自衛官を志した理由は人それぞれでしょうし、その違いに優劣などありません。
そして、自衛隊という組織も、自ら志願してきた人を平等に扱います。
学歴やコネで優遇されることはありません。
訓練の態度と成果を定量的に評価されます。
教育隊では、やる気が認められる限りは決して見捨てず、どんなに手間や時間がかかっても新隊員にふさわしい人材になれるよう、教育の努力を惜しみません。
中にはブラックな上司もいるかもしれませんが、自衛隊は組織としてそういった膿を出そうとしています。通報制度も拡充されており、誰も助けてくれないという環境ではありません。
この記事では、自衛隊に入隊する方や、お子さんが自衛官を志している親御さん向けに、私が経験した教育隊で辛かったことをベースに、情報を時系列順にまとめました。
この記事で分かること
- 教育隊での生活でどんな不安を抱くか。
- どんな辛いことが待っているのか。
- 不安、辛いことに対する対応方法と考え方。
Twitter:@tanshilog
どんな自衛官も教育隊を通して生まれてくる。
自衛隊での生活では、辛いな、と思う場面があります。
それは特定の訓練だったり、災害派遣だったり、それこそ海外派遣だったりと、何が一番辛かったかというのは個人差があるでしょうが、
どんな自衛官も必ず経験する最初の関門が入隊後の教育隊での生活です。
ほんの数か月前まで学生だったり社会人だったりするような「普通の人」を、自衛官という「使命を持った戦闘員」に育て上げるのです。
生ぬるい環境でないことは想像に難くないでしょう。
当時私の班長だったレンジャー隊員は、「レンジャー課程より教育隊の方が辛かったし嫌だった」というほど。
当然、極限状態まで追いつめられるレンジャー課程と新隊員教育を同じベクトルで語ることなど出来ないのですが、これは、肉体的精神的な辛さではなく、シャバから営内に入った時のカルチャーショックによるものだそうです。
レンジャーMOSは自衛官が受ける資格過程ですから、基本的な知識や技能がある状態ですので応用や心構えが効くんだそうです。その程度がぶっ飛んでいるだけで。
教育隊がどの程度に辛いかというと、同期という今までの友人とは違った強固な絆で結ばれた一生の仲間が出来上がるほどです。
つまり、それ程に助け合わなければいけない環境が待っているということです。
国や国民を守るという究極の目的のために、人を傷つけ殺めることを手段とした唯一の組織であり、それを遂行する心技体の訓練を受ける環境が辛くないわけがないのです。
銃火器を使用できるようにするのはそれほど難しくありませんが、本当に重要で難しいのはそれを使う心構えの教育です。
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自衛隊の後ろには国民がいます。
自衛隊の後を守るものは無いのです。
事に臨んでは危険を顧みず、最後の砦として使命を全うすることを求められます。
あなたや、あなたのお子さんが目指している自衛官とはそういう職業なのです。
はじめに言い訳です
・教育隊の方針や周囲の同期、割り当てられる班長によって本記事の内容と差異が発生する可能性があります。
・私が教育隊を経験したのが10年ほど前なので、今は変わっているところもあるかもしれません。
・教育隊は確かに辛い環境ですが、学生や民間の感覚が抜けきるまでが辛いのであって、やがて慣れていくので大丈夫です。
・しかし、どうしても慣れないのなら、心身に不調を来たす前に辞めることを強くお勧めします。
・脱柵などせず、勇気をもって正規の手順で辞意を表明してください。
・向き不向きは誰のせいでもなく、どうしようもないことですし、良い悪いの問題ではありません。
・致命的に向いていない仕事を無理に続けるのは、本人にとっても職場にとってもメリットは無いのです。
教育隊への到着直後
今までとは全く異なる生活が始まります。
まず、自宅に帰ることは出来ません。教育隊の営内が新しい自宅です。
そこには周りには常に誰かがいて、それも知らない人たちです。
他人と関わらないでいられる環境ではなく、積極的に仲良くなるよう動く必要があります。
とはいえ、みんな普通の人だから、普通に接すれば問題ありません。
特別なスキルは必要なく、これまでの学生生活や社会人生活で培ってきた社交性程度で事足ります。
一匹狼のクール気取りは好かれないのでご注意ください。
同期に一人いましたが、彼からコミュニケーションを拒否されるので、どう接していいか分からず距離を置かれていました。
始めのうちは、これからどんなことが起きるのか分からず、厳しいという事前知識からとても委縮してしまうでしょう。
班長は怖いのだろうか、生活は辛いのだろうか、そういうマイナスな考えをしだすと、どんどん後ろ向きな感情に飲まれてしまいます。
私はそうでした。自分で望んで来たにも拘らず、不安に押しつぶされそうで、集中力を欠いていました。
新人がやるべきことは不安に思うことではなく、目の前の指示に従うことです。
不安を感じようと感じまいと、初めは上手くは出来ないし、班長は怖いし、超怒られることになります。ここはそういう場所ですから。
ただし、班長は班員のことを嫌いで怒っているわけではないのを忘れないでください。
「怒られなくなった時が見捨てられた時」という気持ちでちょうど良いです。
怒られても、反省はしても委縮はせず、全力を出してください。
悪いところは直せばいいだけの話です。
~1,2週間
自由な時間が全くないことに気付く頃でしょう。
朝からすべてのことにスケジュールが割り当てられています。
あと10分だけ寝ようなんて考えは許されません。
全ての物事に時間が決められ、課業中は上手くできずに怒られ、課業後は生活指導で怒られる。
風呂では同期の裸裸、トイレでは隣から聞こえる排泄音、夢の世界に行く前に襲い来る隣のいびき、歯ぎしり。
もちろん、それらは自分もしていることをお忘れなく
一人になれる環境はトイレの個室と眠った後の夢の中だけでしょう。
私はよく、実家で暮らしていたころの夢や、学生の頃の夢を見ていました。
ちょっと一人になりたい、なんて自由すら一切ない。
常に最低二人一組での行動が義務付けられるのです。
さらに、集団の中で協調性の無い人間があぶりだされてきます。
それは同期の誰かかもしれないし、自分かもしれません。
教育隊では【意図的に】一人ではこなせない課題が与えられ、複数人で協力して事に臨む習慣を身に着けさせようとする指導が多いです。
これは不適合者をあぶりだす為ではなく、協調性や仲間意識を植え付けるのが目的です。
しかし、もし嫌われてしまうと助けてもらえなくなり、悪くするとイジメにつながるかもしれません。
イジメについては、イジメる奴が絶対悪なのは間違いないことは明言しますし、自衛隊側も厳正に対応します。
しかし正直なところ、教育隊という環境においては場を乱して全体に迷惑をかける人は、イジメとはいかないまでも嫌われます。
直接の被害に直結するうえ、四六時中一緒にいることになるのです。
少なくとも積極的に付き合おうとは思わなくなるでしょう。
フルメタルジャケットのほほえみデブにならないよう努めてください。
皆に隠れてドーナツを食べないように。というか規則違反をしないように。
つまり、訓練の成績が悪いだけなら問題ありません。
誰にでも得手不得手はありますし、教育隊では、それを補い合うために、教育隊は最も助け合いが発生する環境です。
各々が互いを助け合い、最低限の合格ラインまでは何が何でも引き上げてくれます。決して置いていくようなことはしなません。
本人にやる気があればというのが大前提になりますが。
要するに、不貞腐れていたり不真面目な人、他人に迷惑をかけたのに、反省も罪悪感もない人でなければ何の問題もなく、大半の人は当てはまらないないでしょう。
そもそも、そういう人は自衛隊でなくても学校でも会社でも好かれません。
これは自己評価ではなく、他者からどう思われているのかが重要で、「そんなつもりはなかったのに」というのは通用しなません。
「構ってちゃん」や「察して君」もダメ。
やる気はアピールてナンボ。訓練態度や生活態度に出してナンボの世界です。
難しく考えずに、素直に全力で取り組んでいればいいだけです。
ちなみに、こういった厳しすぎる生活もいつもまでもは続きません。たった3ヶ月です。
後期教育以降はかなり自由が広がります。
ああ、言うまでもないと思って書いていませんでしたが、肉体的なキツさはもちろんあります。
事あるごとに「反省」の腕立て伏せを食らいます。
最初の内は全身筋肉痛でしょうが、自衛隊という身体が資本である職業を考えれば、今更特筆して言うことではありませんよね。
~2ヶ月
生活に慣れてくるほど、日々の生活に不満を覚えてきます。
最初の内は外出は認められず、がむしゃらに日々を過ごすことで気付かずにいられた自由への渇望を、休日の外出で沸騰させてしまいます。
帰隊すればまたいつもの日々が始まる。
入隊したての時は右も左も分からなかったので勢いで走り抜けられたが、なまじ生活に慣れてきたときに減速してしまうと立ち止まってしまう。
自由で気楽なかつての生活が袖をつまんでくる。
「またあの厳しい環境に戻るのか?」と。
私は休日の夕方に駐屯地に帰るのが嫌で嫌でたまりませんでした。
正直、車が突っ込んできて足とか折ってくれないかなと、ちらりと考えていたほどには。
脱柵者が出るのもこのあたりと言われます。
脱柵する勇気があるのなら素直に辞意を表明しましょう。
幸い私の代では脱柵者は出ませんでしたが、絶対に逃げ切れないですし、自衛隊どころか警察も含めて捜索します。
逃げた後の不安を考えれば、辞職するときの引き留めや説得をかわし続ける方が、遥かに後腐れなく気楽です。
もしも班長がパワハラを仕掛けてきて、それが原因で辞めたいのであれば区隊長へ、万が一それも駄目なら警察でも何でもいいから助けを求めるルートはあります。
ちなみに脱柵者は軍事訓練を受けた戦闘員であり、理由なく姿をくらました危険な存在と認識されて捜索されます。
外国の軍隊でいう脱走兵と同じ扱いです。
~3ヶ月 前期教育修了
ここまで耐え抜いた新隊員たちは、前期教育課程の修了に向けての訓練が目白押しです。
100Km行進や総合的な戦闘訓練等、基本的な所作はマスターしたとされて、戦技の錬成がメインになります。
この時にはすっかり自衛隊での生活に慣れ、最初の方に感じていた辛さや不安は思い出すことも難しくなっているでしょう。
そして前期教育修了の際には、
この3ヶ月間、ほぼ24時間寝食を共にした同期や班長との別れという、最大級に辛いイベントが待っています。
部隊配属に伴い、日本全国に駐屯地のある陸上自衛隊では、文字通り同期はバラバラに散っていきます。
中には二度と会わないであろう人もいますが、どんなに時間が経っても同期は固い絆で結ばれています。正直なところ、ここまで強固に結ばれるのは家族との絆に匹敵すると私は思います。
誤解を恐れずに言えば、高校生になった頃からは家族とは疎遠になる人も多いでしょうが、ここまで密に苦楽を共にした同期は家族より身近な存在だったと言えるかもしれません。
冗談抜きで、分かれるのが辛すぎて涙が出ると思います。
まとめ
ここまで教育隊での生活において、不安に思っていたこと、辛かったことと、それに対する対応方法と考え方を駆け足で書きました。
正直なところ、教育隊での濃密な生活を文章で全て書くのは難しいです。
辛いことばかり書きましたが、嬉しいことや楽しいことも同じくらいたくさん待っています。
同期とは本当に仲良くなれます。
PX(売店)で一緒にアイスを買うだけで楽しいです。
厳しい班長とも、世間話やバカ話をすることもあります。
生まれたばかりの子供の写真を見せてもらいながら「お前らの相手じゃなくて娘と会いたい」と冗談めかして言ってくれる班長もいました。
班長を始め、自衛隊という組織では無駄なことをするリソースは無く、新隊員を一人前の自衛官にするために最大限の努力を払ってくれます。
訓練や生活指導が辛いというのは、裏を返せば部隊配属後や、ひいては実戦の際にポカをやらかさず、全力を出せるように育ててくれているという愛情を意味します。
管理された辛さは、成長するためには欠かせません。
人が集まって運営する組織である以上、中には「?」となるような人もいますが、自衛隊という組織は隊員の成長のためにあらゆるリソースを割きます。
隊員の成長は自衛隊という組織をより強固なものにし、その結果、国民の安全安心に繋がるからです。
自衛隊を目指しているあなたや、あなたのお子さんのおかげで日本の平和は底支えされているのです。
辛いことも多いですが、得られるものはそれ以上に多いのは間違いありません。
ぜひ頑張ってください。
心の底から応援しています。
Twitter:@tanshilog
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