我々の頭上をひっきりなしに飛び交っている人工衛星。
軍事や偵察に用いられる機密性の高いものから、研究用・気象予報用・放送用その他…と、
多岐にわたる用途の人工衛星が、肉眼では見えない高度を飛行しています。
天気予報やカーナビなど、我々の生活とは切っても切り離せない存在ではありますが、
「人工」である以上は、いつか耐用年数を迎えて御役御免となることは避けられません。
この記事では、役目を終えた人工衛星が眠る場所。
ポイント・ネモについて解説します。
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人工衛星とは
第一宇宙速度まで加速し、「地球の引力」とそこから脱出しようとする「遠心力」が釣り合うことで、
地球の衛星軌道に高度を固定されて周回するものを指します。
軍事や研究、地球観測用のもののほか、広義では宇宙ステーションも人工衛星に入ります。
文字通り、人口の衛星(月)です。
他にも、地球の衛星軌道だけではなく、火星探査機など別の惑星の衛星軌道を周回する人工衛星も存在します。
2021年12月時点で、世界各国で12,000基が現役であり、毎年1,000基ほどのペースで増えています。
人工衛星の墓場
上述の通り、科学技術の結晶である人工衛星と言えども、宇宙という過酷な環境では経年劣化によるトラブルから逃れることはできません。
耐用年数を迎えたり、目的を達成した衛星は役目を終えることになります。
とはいえ、古い衛星を軌道上に放置するわけにはいきません。
宇宙空間では人工衛星に限らず様々な物体はほとんど姿を変えずに残り続けることになります。
つまり、かなり長い期間を地球の衛星軌道上のゴミ(スペースデブリ)として存在し続けることになるのです。
これは、新たな人工衛星や宇宙船などの進行の妨げになります。
地球という大きな物体から比較するとゆっくり動いているように見えますが、人工衛星の相対速度はかなり早く、他の人工衛星や宇宙船に衝突しようものなら大破は免れません。
また、制御できなくなっても低軌道を周回する人工衛星は地球の引力に引かれて数年から数十年のうちに地球に再突入します。
高高度であっても数百年後には落下するのは免れません。
そして、それらがどこに落ちるかは運次第です。
そのため、制御が可能なうちに、使い終わった人工衛星を軌道から安全に掃除する必要があるのです。
高度の高い位置にある衛星は今後の活動の邪魔にならないように さらに遠くへ送り、
高度の低い衛星は制御できるうちに地球に再突入させて始末します。
この再突入後の落下地点(スペースクラフト・セメタリー)として選択されたのが「ポイント・ネモ」です。
ポイント・ネモ
南太平洋の海域に指定されている到達不能極の一つで、名称の由来は1870年に公表されたSF冒険小説「海底二万里」という作品に登場する「ネモ船長」からです。
最も近い陸地から2,700キロほど離れており、人類が到達することが困難なエリア(到達不能極)とされています。
座標にすると「南緯48度52分5秒 西経123度23分6秒」となります。
地図がないと全く分かりませんが、見ての通り周囲には海しかない環境ですね。
もしあなたがポイントネモを訪れたとしたら、
最寄りの人間は「高度400キロを周回しているISS(国際宇宙ステーション)に搭乗している宇宙飛行士」
になります。
ちなみに、このISSも2031年にポイント・ネモへ落下予定です。
それほどまでに人間の文明とは隔絶された領域であり、再突入した人工衛星が落下してきたとしても人的被害が殆ど発生しないという立地上のメリットがあります。
しかし、心優しいあなたは思ったはずです。
「人がいなくても、そこに住む魚や動物に大きな影響が出るのではないか」と。
宇宙科学に携わる秀才たちもそう思ったようです。
幸いというべきか、ポイント・ネモは南太平洋環流と呼ばれる海流が輪になって流れているエリアの内側に位置しています。
この環流によって栄養分の豊富な海水がポイント・ネモに流れることが防がれており、結果として生物の生息数が少ない海域となっています。
そのため、生態系に与える影響も最小限と判断され、人工衛星の墓場として選ばれることになりました。
もちろん、生息数が他の海域より少ないというだけで、人工衛星の落下により死傷する生物も一定数はいるでしょう。
しかし、前述の通り低高度を周回している制御を失った人工衛星を放置していると、数年から数十年で地球の引力に引かれて落下してきます。
その際に制御などできるはずもなく、どこに落ちるかは運次第です。
ポイント・ネモのような海域かもしれませんが、人口密集地かもしれないのです。
そのため、スラスターで機体の制御ができるうちに、比較的被害の少ないエリアに落としてしまおうという方法がとられています。
今更人工衛星の使用をやめられるわけにもいきませんし、低高度の人工衛星を地球の衛星軌道外に移動できるようなスラスターは装備されていません。
まとめ
ポイント・ネモは役目を終えた人工衛星の墓場としてこれからも使われていくことでしょう。
しかし、使われなくなった人工衛星のすべてが衛星軌道から排除できるわけではありません。
故障や破損によって制御不能になった衛星が取り残されていたり、本体から外れた部品が周回していることもあります。
スペースデブリは深刻な問題として国際的にとらえられており、近いうちに地球から脱出するのが困難になるほどにゴミで埋め尽くされる可能性が懸念されています。
10㎝以上の大きさのデブリが現在でも20,000個以上確認・追跡されており、それ以下の大きさだと数千万個以上あると推定されています。
これらのゴミが秒速8kmほどの速度で飛び回っているのです。
たとえ小さなボルトであっても、衝突による被害は甚大になります。
スペースデブリを除去する方法は確立しておらず、国際的には「新たなデブリを増やさない」という消極的対策しか取れていません。
仮にデブリをミサイルなどで破壊したとしても小さく分散するだけで解決にはつながりませんからね。
そういった意味でも、現在運用されている人工衛星は可能な限り今後の障害にならないよう事後処理を行おうとしているのです。
その一つの方法が、今回紹介した「ポイント・ネモ」への制御落下というわけです。
おそらく人間が訪れることもなく、野生生物の数も少ないこの海域は、しばらく人工衛星の墓場として使われることになるのでしょう。
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