陸上自衛隊で最も過酷な訓練として有名なのが
レンジャー課程
です。
数か月に及ぶ特殊な訓練を施され、時には身体を壊し、時には精神を限界まですり減らして、彼らはレンジャーMOSを取得します。
陸自における精鋭隊員、そしてキチガイじみた強靭な体力と精神力を持った彼らは、一般の隊員とは違った雰囲気を持ちます。
この記事では、私が関わったことのあるレンジャー隊員から聞いた話をまとめました。
注:私の実体験ではなく、教育隊やその他の機会に出会ったレンジャー隊員から聞いた思い出話のまとめとなります。
レンジャー課程を受講した理由
1.周りがみんな取ってたから
陸上自衛隊は複数の職種に分かれた自己完結能力を持った組織ですが、その中でも普通科は最大勢力を持ちます。
普通科は諸外国の兵科でいうところの「歩兵」に当たります。
レンジャーMOSの保有率は陸自全体の8%ほどに対して、あくまで私の体感ですが普通科では15-20%くらいだったように思います。
5人に1人はレンジャーでした。
陸自には15の職種があり15万人を超える隊員を擁します。
この中には会計課や需品課のような事務仕事の多い後方支援職種も含まれます。
当然彼らにとってレンジャーMOSの必要性は低く、また素養試験に合格できるだけの訓練を積んでいないことが多いです。
そのため、最も人数が多く、レンジャーで修得する技能が活きやすい普通科ではレンジャーを取得している隊員の割合が高いのです。
この話をしてくれた方も、周りが当たり前にレンジャーに行くから、特に深く考えずに自分も参加して地獄を見たとのことでした。
2.半ば無理やり
やや年配の隊員に聞いた話です。
彼はレンジャーに行きたくなかったそうですが、若いころに先輩から「普通科ならレンジャー行って当たり前だ」と恫喝されて半強制的に参加したようです。
1.と似た環境ですが、彼のいた部隊では「普通科はレンジャーに行ってナンボ」という風潮があったようです。
この人は本当に嫌だったそうですが、その先輩がとても怖い人で、落伍して原隊復帰になろうものならどんな叱責が待っているかとの恐怖からやり遂げたようです。
ちなみに今では強制的に参加させることはありません。
あくまで志願制です。
(そろそろどうだ?と肩をたたかれることはありますが…)
3.当時好きだった人がレンジャー好きだったから
これは下心がどれだけ男の力になるのかがよく分かる話でした。
この人は、当時片思いをしていたWAC(女性自衛官)がいたそうです。
そのWACとの雑談の中で「好きになるとしたらレンジャー持ってるような強い人」という情報を聞き出すことに成功しました。
そうと分かればレンジャー受けるぞ!と決意し、あの地獄の訓練に飛び込んだようです。
例に漏れず死の直前までしごかれるような生活を送ることになるのですが、諦めの気持ちがよぎるたびに好きな人のことを思い出して死に物狂いで食らいついたそうです。
結果、無事に訓練課程を修了しレンジャー隊員となれたのですが、結局告白することはできず、手をこまねいているうちに好きな人は別の方と結婚されてしまったとのことでした。
レンジャー課程を突破するよりも、好きな人に思いを告げるのは難易度が高いということですね。
ちなみにこの方は、普通科の衛生小隊に配属されており、縦横無尽に駆け回っていました。
訓練の辛い思い出
1.生のカエルを食べ、泥水をすする
レンジャー訓練では、食べ物・飲み物・睡眠を徹底的に削減します。
レンジャーに求められる任務は遊撃戦であり、その特性上、味方からの支援がない環境で活動します。
訓練経験者が口をそろえて言うのは、行動訓練(山中での機動・戦闘)中の食べ物や飲み物は我慢できるが、眠気が我慢できないというものです。
飢えと渇きは慣れたり我慢することができますが、睡魔に襲われると意識のスイッチが勝手に切れてしまいます。
特に睡魔は睡眠を取る以外に解消できず、ほとんど眠りながら歩き続ける状況のようです。
とは言え飢えも乾きも非常に過酷なモノであり、出来れば癒したい。
極限状態の中で彼が行ったのは、転ぶという技でした。
疲労困憊の生徒たちが転ぶことは珍しくありません。
そのたびに助教から激は飛ぶのですが、だからと言って訓練から追い出されるわけではありません。
彼が狙ったのは、水たまりと生き物のいる場所でした。
夏季レンジャーでは富士の樹海を歩きます。
高温多湿のため、地面には泥水の水たまりができていることがあります。
そこめがけて転び、助教が駆けつけてくるまでにその泥水を啜ったそうです。
さらにカエルやバッタなどの食べられそうな生き物を見つけると、これまた転び、捕まえ、生のまま貪り食ったそうです。
泥水もカエルもバッタも深い甘味を感じて非常に美味しかったと言っていました。
身体のエネルギーが深刻に不足した状況では、どんなものも美味しく感じるのでしょうね。
空腹は最高のスパイスの最上級です。
ちなみにこの手法は助教たちも分かっているようで、あまりに多用すると怒られるから、偶にしか出来ない裏技だと言っていました。
助教たちも訓練経験者である以上、生徒たちの手の内は分かっているのでしょうね。
3.豪華な食事
山中での行動訓練中、任務の説明を受けるために生徒たちは完全武装で整列しました。
この時点で数日間はまともに飲まず食わずで活動しており、疲労のピークに達していたそうです。
この時、助教たちはケンタッキーやマクドナルドなどを準備していました。
この話をしてくれた人は、一瞬「食べさせてもらえるのかな」と期待してしまったようですが、見せるだけ見せると片付けられてしまったそうです。
胃袋は空っぽで、体内に蓄えられた脂肪も使い果たしたような極限の空腹状況で、ケンタッキーやマクドナルドのような脂や塩分を豊富に含んだものを見せられ、かなりの精神的苦痛を味わったと言っていました。
また、もう少し年配の方も似たような経験をしており、自分の時は用意されていた食事を助教たちが地面に投げつけるさまを見せられたと言っていました。
これも時代かもしれませんね。
2.急な休暇
素養訓練(駐屯地内での体力訓練メイン)中のある日、一日の休暇が予定されていました。
外出も許可され、営門前に集合を命じられます。
訓練の前半とはいえ、肉体的には毎日限界まで追い詰められていた生徒たちは急な休暇は非常にうれしかったそうです。
私服に着替え、外出許可証を持ち営門で整列します。
ちなみにですが、レンジャー訓練中は笛の音で各種状況を知らされます。
非常呼集を意味する笛が吹かれたときは、決められた時間内に戦闘装備を整え整列することが求められます。
その笛が、外出間近の生徒たちの前で鳴り響きました。
生徒たちは唖然としますが、助教の罵声がとどろき、急いで隊舎に向かいます。
しかし、私服に着替えて外出のために門まで来ている生徒がすぐに準備ができるわけがありません。
その日は結局外出することはできず、一日中体力錬成がされたとのことです。
つまり、この休暇自体が助教たちの仕組んだ罠であり、レンジャーたるもの如何なる時も気を抜いてはならないという戒めだったのです。
しかしあまりにひどい仕打ちだと思いますね。
これがレンジャーなのですが。
訓練の楽しい思い出
基本的には辛く苦しい思いでしかないと口をそろえて言われますが、強いて言えば以下の体験は面白く楽しかったという話を聞けました。
基本的に短いです。
なにせレンジャー訓練は楽しいものではないので。
1.爆破訓練
一般部隊では扱わない爆薬を用いた訓練も面白かったそうですが、市販されている様々な物品を組み合わせて即席の爆発物を作るのが楽しかったとのことです。
まるで理科の実験をしているかのような興味深さがあったと言っていました。
2.生存自活訓練
生きた状態の蛇や鶏を捌いて食べるという訓練で、テレビなどでもよく取り上げられているサバイバル訓練です。
ここでは生き物の解体を学ぶのですが、日々訓練を続けている中で疲労している身体に、動物の肉はたまらなく美味しかったそうです。
少しの間だけでも身体を休め、暖かい肉にありつけたのはBBQをしているようで気持ちが和らいだと言っていました。
3.襲撃訓練
敵ゲリラの野営地を襲撃し囚われた人質をするという想定で行われる行動訓練の一つです。
事前に綿密な偵察と作戦立案が行われ、一挙果敢に襲撃を行い人質役の隊員を救出しました。
この際には煙幕を焚き、空砲を撃ちまくり、爆薬を起爆させたりなど、さながら戦争映画のような迫力があったそうです。
ああ、レンジャーやってるなとその時思ったと言っていました。
まとめ
人外魔境とも見える屈強な隊員を養成するレンジャー課程。
平時において彼らが活躍する場はありませんが、いざ有事が起きたときには陸上自衛隊の中でも大きな力を発揮します。
レンジャー訓練は私たちのような第三者が見れば虐めの様にも見えますし、人権を無視した扱いを受けているように思えます。
しかし、彼らは進んでその地獄に足を踏み入れ、我々国民を守るために日々絶え間ない努力を重ねてくれているのです。
そんなレンジャーたちが、どのような経験をし、何を考えていたのかについて、この記事が少しでも理解の助けに慣れれば幸いです。
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