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【雑談シリーズ】会社役員と赤ちゃんの類似性

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ある程度の会社規模になると「役員」とよばれる経営陣が存在しています。


彼らは、


今までの社会人経験から多様な知識を持ち、会社の経営層としてふさわしいと思われるほどに仕事に対して習熟した「プロ」だと認められたからこそその地位にいるのです


求められる責任や義務は大きく、それに比例して報酬も高くなります。

当然、一般従業員に比べて高度な判断を行い、行う業務により発生する影響を考えれば、特別な存在(えらい存在)であることには変わりありません。


つまり、誰もがなれるものではなく、とても凄い人々だとシンプルに言えるでしょう



対して、本記事で類似性があると述べようとしている赤ちゃんについて。

今更言うまでもありませんが、


社会人経験どころか人生経験も1年未満という超ビギナーな存在です。


当然、少なくとも現時点においては、役員を務められるような人とは能力や経験的にも天と地ほどの差があり、社会に与える影響も雲泥の差があります。


しかし、役員と赤ちゃんには奇妙な共通点があるのだと気づいてしまったのです。

本記事では、その共通点をもとに役員(偉い人)と赤ちゃんの類似点を述べていきます。


ちなみに、お気づきかと思いますが、この記事は真面目なものではありません。

当たり前のように出展なんてものはありませんし、私の個人的な感想の塊に過ぎません。


更に、世の中の会社を網羅的に知っているわけではないとかそういう次元ですらなく、現在私が勤めている会社の役員に限定した話になります。

なので、もしこの記事をお読みになられる方がいらっしゃったとしても、共感できないことが多いかもしれないことをご了承ください。


でも実際問題、偉い人ってそんなに違いは無いでしょう?


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部下 ≒ 親


相手の機嫌を伺い、必要なことを想定して準備するという点では


部下と親というのはよく似た存在ではないでしょうか。


正解は分からない。

しかし失敗は出来ない。

失敗したのならすぐにリカバリーが必要。


そう、仕事でも子育てでもそういった場面は共通して訪れるのです。

以下にてパターンごとの考えをまとめます。


怒られ編


弊社の役員は結構怒ります。

さすがに平社員に怒鳴ったりはしませんが、部長級の人には頻繁に怒っています。

やれ当月の売り上げが足りない、来月の仕事が取れていない、今期の目標をショートしているなどの至極当然の理由で怒ります。

怒られている部長級の方はもとより、私たち平社員からしても、会社に与えられた目標を達成できていないのですから、怒られるのは当然ですし、それに反感を覚えるべきではありません。

しかし、さすがに人前で怒鳴り散らすことはありませんが、会議室などで上位者だけを集めて怒ったとしても怒鳴り声は事務所や廊下まで響きます。


そして解放され会議室から出てくる人々の顔は疲弊しきっています。

こんな目に遭うなら昇進したくないなと思わせる程度には嫌な光景を見せつけられていますね。


ちなみに、怒るだけでその役員はなにかアドバイスや指針を出したりはしません。

ひたすらに駄目なところをガナリ立て、相手を委縮させ、最後は命令をして終わりです。

何が駄目なのか、どうすべきなのかというのは全く話題に上がりません。


まあ、それを考えるのも部下の務めと言われてしまえばそれまでなのですが、

じゃあお前さんは上司として放置するだけなのか? とも言いたくはなりますが。



そしてここで登場するは、比較対象である赤ちゃんです。

子育ての経験がある方はご存知でしょうが、赤ちゃんというのは頻繁に泣きます。


特に新生児期の「The・赤ちゃん」の頃は何故泣いているのか全く分かりません。


しかし、何かが駄目なことは必死にアピールしてきます。

朝も昼も夜もなく。

その際の体験談は下記の記事にまとめています。

【子育て体験談】新生児期は眠れない時期でした【睡眠不足】


ところで、赤ちゃんの泣き声を聞いた親の内、


一定数は自分の育て方が駄目だと責められている気分になるそうです。


私もその一人でした。

仕事から帰宅してからは妻と共同して育児に当たり、母乳をaげる以外のことは全てできるようになりましたが、それでも赤ちゃんというのは泣きます。

しかもスイッチが入ると泣き叫ぶという表現がふさわしいような、脳を抉られるかのような泣き方をしてくれるのです。

経験がある方は共感して頂けるでしょうが、おちおち寝ることも許されません。


そう、どちらの場合も私たちが駄目なのです。


相手の求めていることを察して、及第点をもらうまでは決して鳴り止まない否定の言葉であることはどちらも変わりありません。


違いがあるとすれば、そうですね、

それを言ってくるのが仕事だけの相手か、最愛の子供であるかくらいの些細な違い程度です。


求められ編

弊社を経営しておられる役員の方々は、自分で資料を作りません。

社長報告や客先へのプレゼンに必要な資料は全て部下が作っています。


でも、これも考えてみれば当然でしょう。

役員というのは実務を知る必要はありません。

全体の仕事や業界の流れを読み、会社のかじ取りを行うのが使命です。

細かな仕事にまで手を回すリソースは無いのです。


そう、なので、


自分が担当している部署がどのような仕事をしていて、どういった結果を残し、客先からどう評価されているかということは知らなくてもおかしくないのです。


資料を作ってもらい、それを見て気に入らない(というと語弊があるけれど)箇所があると、まあ怒ります。


いつも通り駄目なところを指摘しまくってくれます。


そして、部下である我々は、役員が何を求めているのか推測し、修正を加えたうえで再度提出します。

すると、また気に入らない箇所を指摘してくれます。


なんて熱心なのでしょう。

つい先ほど自分が直せと指示した場所に対して、元の状態に戻せと言ったニュアンスのことまで言ってくれるのです。


部下:Aで作りました。

役員:バカお前ここは違うだろうがすぐ直せ

部下:Bに修正しました。これで先ほどご指摘いただいた件は改善できたかと。

役員:バカお前全然だめだ。これはAにすべきだろうが


こんなコントみたいな流れを見せてくれてみんなの心を疲れさせてくれます。

厄介なのは、Aに戻せと言っているわけではなく、


あたかも自分の考えでAが良いのだと私たちに教育しているつもりなのです。


既に私たちがそう作っていたことは忘れているタイプの朝令暮改ですね。

結局どうしてほしいのか、どうするべきなのか分からずオロオロするのが我々なのです。



ここで再度登場するは我らが愛しの赤ちゃん。

繰り返しになりますが、赤ちゃんが泣いている理由は分かりません。

大きくなるにつれて感情表現も上手くなりますし、私たちも子供のちょっとした仕草で求めていることを推測できますが、しょせんは推測です。

スイッチの入った赤ちゃんを泣きやませるために、あーでもないこーでもないと試行錯誤をします。

たまにはアタリを引いて、すっかり泣き止んでスヤスヤと可愛い寝顔を見せてくれることもありますが、基本的にはあまり効果があることをしてあげられませんでした。

ちなみに以下の記事に関連した体験談をまとめています。

【子育て体験談】新生児に小手先のテクニックは通用しませんでした。


寒いのかな?熱いのかな?おむつかな?とあれこれ手を尽くすのですが、泣き止まないことも珍しくありません。


そして、何かの拍子に既にしてあげたこと、例えばお腹ポンポンをしてあげると突然泣き止み眠りにつくことがあります。


さっきまで全く効かなかったじゃないか、と思いつつも寝てくれてよかったと安堵するのです。

まあ、次に泣いた時にも効果があるかといえば、そんなことは全くないのですけれど。


この話の共通点としては、


ちらもやっていることは一緒なのに、その時の気分や考えのちょっとした違いで正解にも間違いにもなるということです。


われわれ部下や親というのは、決してめげずに、相手の求めていることを探りながら満足させることを模索しなければなりません。

そして、今日満足していても明日も満足しているとは限らないという恐怖と戦い続けるのです。


まじめな話、相手の考えていることは分からない

ここまで、若干バカにした感じで偉い人と赤ちゃんの共通点を書いてきましたが、


実際のところ相手と自分の立場が違う場合は、考えていることなんて分からないのです。


極端なことを言えば、立場が完全に一緒だったり、あるいは兄弟や友達のように対等な相手であっても考えていることというのは正確には分かりません。

私たちは、「相手はこう考えているだろうな」という推測をしながら人付き合いをしているのです。


立場の違いが小さいほど推測と実際のギャップは狭まり、相手の考えをより高精度に分かるようになりますが、

ここで引き合いに出している会社役員や赤ちゃんは、私たち一般人とは視点が違いすぎます

役員(偉い人)は優秀すぎてついていけませんし、赤ちゃんは私たちが気にもしないことでも困難に感じてしまいます。

そういった人たちの考えを推測しても、そのギャップは広いままであり、結果認識の不一致(怒ったり泣いたり)が発生するのです。


まとめ

偉い人を小ばかにするような内容だったためお気づきでしょうが、これは私の愚痴をまとめただけの記事です。

頭ではなんとなく理解できるのですが、それでも理不尽に思える扱いを受けていることに少なからず憤りを覚えています。

パワハラは受けた側がそう思った時点で成立する、ということを盾にして訴える気はありませんが、それにしても言われっぱなしは面白くない。

そんな鬱憤を晴らそうと、匿名でネットという大海に愚痴を垂れ流すみっともない行いでした。

しかし、いざ言語化してみると、私たちが役員の求めていることを理解できないのと同様、向こうも私たちのことが理解できず、それは良い悪いではなく仕方のないことだと気づきました。


逆に立場や考え、視点が異なるということは、物事を多角的に見ることができるという利点もあります。


みんなが同じ立場で仲良く同じ方向だけ見ていては、進歩に繋がらないのです。


この立場の違いにより発生する衝突というのは、筋肉組織をトレーニングで傷つけて大きくするのと同様に、前進するために必要な反作用なのかも知れません。


こんな具合で自分の愚行に対する言い訳になりますかね?

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